記念すべき初ゲスト回は、哲学者・批評家の福尾匠。上梓されたばかりの2020年代論『置き配的』を中心に巡る対話は、閉塞した〈密〉のなかで風通しのいい〈疎〉の可能性を探る。デチューンされたあだ名が繁茂し、…
あと27日の秒読みのなかで書かれた(?)ドストエフスキー『賭博者』は、しかし名作として残り、晩節は、今もどこかで引退を逃しては汚れる。たまたま読んでいないという空白が、そのまま次回予告。 初ゲスト回予…
風邪をひいてるならゲームをやろう。#43は各々の「ゲーム」への思いを語る。「〇〇 攻略」と検索欄に打って出てくるもの、説明書で知るキャラクターの本当の姿。本当に欲しいものを手に入れられなくても「うちの…
政治の話をしよう。政治の世界で猛威を奮った「実は負けていない論法」は、文化の世界からやってきた…?老舗のあるべき姿とは、そして健康的に名前を変えるとはどういうことなのか。 投票で行く小学校/投票報告プ…
モノづくりの話をしないかい?プロダクトの具体性は失敗にこそ宿る。ダビングをミスり、シルクスクリーンはズレ、草花は枯れる。石を拾い続ける顔はどこまでも素面。 ゴマちゃんでバズった島崎/石ステマに群がる厄…
トイレの端っこで配管と壁を切り取る窓は、景色を換気しない代わりに何を換気しているのか?マグリットから美少女ゲーム、インターネットカルチャーを串刺しにする「青空」は、遠近法を無効化しながら壁紙に張り付く…
成熟もしていないが若くもない32歳という年齢について考える。若さへの後ろめたさを迂回する橋は、「売れたい」と「売りたい」にどう架かっているのか。そしてCDのスカスカ感を埋めるライナーノーツの厚みの行方…
幼稚園で高鬼に擬態する子供と、それを知ることができない親。順調に翻訳される日本文学と、言葉と響きのあいだで漂流する音楽たち。音楽を翻訳するとはなんなのか? 幼稚園入園/馬車馬の不可能性/意外と泣かない…
新年一発目収録は記録について。集合写真に写れない「誰か」に似た記録を牽引するエンジニアは、セルフタイマーによっていい笑顔で作品に転写される。 新年ともうこれだけしかない/つまらない正月番組のさみしさ/…
新年から隔たった時空で、2025年に燦然と輝く一枚について語る。ちぎられ、離された楽譜のあいだには、解いても面白くない謎が自立している。 あけましておめでとう?/2025年に燦然と輝く一枚/野口文『藤…